星空の思索

窓枠の獅子、三日月の冠を戴いて

なぜかずっと出会えなかった私の太陽星座「しし座」。三日月の強い光が射す今朝、自宅の窓枠の向こうにスマホひとつで捉えた、宇宙の粋な采配のお話。
音楽と思索

打たれる音の中の静けさ 〜タブラとサム

森の中の静寂に響くシタールとタブラ。激しく即興を重ねながらも、円を描くように必ず最初の1拍「サム」へと帰っていく音。その瞬間の心地よさは、瞑想で「いま」に戻る感覚とどこか重なっていた。躍動する打楽器の奥にある静けさを綴った記録。
音楽と思索

ざわめきの中のアーラープ 〜打たれた音と、打たれない音

ライブバーのざわめきの中で聴いたシタールとタブラ。拍のない序曲「アーラープ」は、私たちに何を聴かせようとしているのか。「打たれた音と「打たれない音」という視点から、音の本質と瞑想的な静けさを紐解く。
記憶の風景

捨てかけたメモが連れ戻してくれたもの〜サティシュ・クマール、2017年チェンマイ

書類の山から出てきた、サティシュ・クマール講演の走り書き。2017年チェンマイで受け取った「言葉より行動」「ただやろう」というメッセージを、夢破れた今の暮らしから見つめ直す、前回記事の続編。
音楽と思索

未知への渇望と既知の集積〜Clearlight SymphonyとAI

すり減るほど聴いた70年代の名盤『Clearlight Symphony』。AIの世界を先回りしたようなジャケットと歪な電子音の記憶から、未知への渇望と、傷まない現代のテクノロジーとの間にある輪郭を見つめる
星からのメッセージ

太陽と獅子座 〜 手首に宿る光と影の境界

生まれたあの真夏の日、空の向こうにあった太陽と獅子座の星たち。太陽、心臓のレグルス、しっぽのデネボラ。手首に刻んだ小さなタトゥーが語る、自分だけの光で歩むための物語。
音楽と思索

輪の外で聴いていた

チェンマイで耳にした雅楽の笙。天の光のようなその響きから、バグパイプやディジュリドゥ、家族が鳴らしてきたドローン(持続音)の記憶が甦る。東西の楽器が持つ途切れない音が、時空や自他の境界を静かにほどいていく思索エッセイ。
痛みと光の間

娘を奪われた父が、誰も責めなかった話

タイの学校で銃乱射事件。犠牲になった12歳の女の子の葬儀で、父親は「誰のことも責めません」と語った。事件からまだ数日でのこと、なぜこの言葉が出てきたのか。この言葉を「悲しみの正しい形」として受け取ってしまうことの危うさについて。
スピリチュアルな日常

存在しない色の存在理由

ピンクは光のスペクトラム上に存在しない色だという。赤と青、決して交わらないはずの波長が出会うとき、脳が生み出す「存在しないはずの色」。その科学的事実から、ハートチャクラに宿る緑とピンクの重なり、そして「愛」という目に見えない存在について綴った一篇。
オリジナル楽曲

天の川が朝に溶ける音 ― Fading into the Echo

タイ北部チェンマイ県、ドイ・ルアン・チェンダオを撮った夜明けのタイムラプスに、Sunoで100回書き直して作ってその後編集した曲を合わせました。