成熟のレッスン

水に映った月- 映画「禅 ZEN 」を観て

映画『禅 ZEN』で、水に映った月を斬ろうとする人の姿があった。月は濡れず、水も破れない。それでも私たちは、何かを掴んだつもりになったり、壊したつもりになったりする。道元の言葉と、一本の映画が、そんな幻想を照らす。
成熟のレッスン

「いま」を取り戻す練習 〜 二人の僧侶の話

禅の小話「二人の僧侶」。年配の僧侶は女性を助け、岸に降ろして先へ進む。けれど若い僧侶は、出来事ではなく判断を抱え続けてしまう。過去を抱き直さず「いま」に戻るための小さな練習。
生と死

グリーフを超えて生きなおすこと

2014年に相次いだ大切な人たちの死。深い喪失と混沌の中で体験したグリーフを通して、命の連続性と「生きなおす」ということの意味を見つめた2015年の記録。
ロック/プログレ

キング・クリムゾン『Islands』—島と海、分離とワンネス

地味と呼ばれがちな『Islands』は、私にとって深海の宝石だ。終曲「Islands」を島=自我、海=意識として聴くと、音が真理の体温を帯びはじめる。
痛みと光の間

ポジティブ思考と反原発

怒りは変化の原動力になる一方、支配されれば心身を摩耗させる。反原発を「戦い」だけにせず、代替エネルギーの未来へ意識を向けたい——桑の実ジャムのトーストと福島の記憶から始まった記録
クラシック・現代

音楽の原風景

幼稚園のバレエ発表会で出会ったサン=サーンス「白鳥」。人生初のシングルレコードを買ってもらった。YouTubeで古い映像を見返すたび、5歳の私は音楽に恋をしていたのだと思い出す。チャイコフスキー「アンダンテ・カンタービレ」は、子どもなのに「懐かしさ」で胸がきゅっとした、あの不思議。
瞑想

全ての存在は「音」から生まれる

すべての存在は「名と形」だけでなく、その奥に響く振動=音によって成り立っている。瞑想の中でその源へ触れるとき、私たちは外側の世界に左右されない、本来の意識の広がりへと還っていくのだと思います。
スピリチュアルな日常

明晰夢:空港に辿り着けない地獄絵図から、泡と大海へ

帰国便に間に合わない焦りの夢。赤い餓鬼に追われ、荷物も消えるカオスの果てに「これは夢だ」と悟る。物語は光る泡に縮み、闇で弾けて大海へ。瞑想漬けの刷り込み?笑えるほど深い気づき。目覚めてなお、波の感覚が残った。
おうちごはん

キノコとクリームチーズのパテ 〜 ロッキーのキノコ祭りから生まれたデュクセル

コロラドのロッキー山奥で暮らしていた頃、夏の終わりはキノコ祭りだった。採れすぎたキノコを旨み凝縮のデュクセルにし、クリームチーズで濃厚パテに。前菜にもおつまみにも、ワインにも合う。バゲットやクラッカーに。
瞑想

野の花が教えてくれたこと

野の花に見入ると、頭の中のおしゃべりが止まり、ただ「今」に戻ってくる。花は逆らわない在り方と、理由のいらない愛を黙って教えてくれる。