正直に言えば、いわゆる「クリスマス・ソング」は得意ではない。
街に流れ始めると、プレゼントを買え、出かけろ、消費の季節だ、と背中を押されているような気がしてしまい、音楽そのものがどれほど美しくても、どこか落ち着かないのだ。
だから今回は、完全に私の好みと偏見だけで選んだ、少し大人のクリスマス音楽をいくつか紹介したい。バッハの「クリスマス・オラトリオ」やヘンデルの「メサイア」といった超大作ではなく、もっと身近に楽しめる作品たちを。
さやかに星はきらめき(O Holy Night)
この曲を聴くと、私の中のクリスマスが一気に色づく。
それはコロラドの雪の中で過ごした、静かで温かなクリスマスの記憶と深く結びついているからだと思う。
映像として紹介しているのはイル・ディーヴォのもの。
ポペラというやや華やかなジャンルではあるけれど、特にバリトンのカルロス(画面一番左、2021年Covidに感染して他界)の声には心を掴まれる。
ただ音が出ているのではなく、声そのものが温度を持った楽器のようで、深く豊かな倍音が空間を満たしていく。安定した低音の基盤の上に、柔らかさと艶が共存していて、決して力任せではないのに、自然と聴く側の胸の奥に届いてしまう。
“Christ is the Lord” から “O night divine” へと向かう後半では、祈りが次第に確信へ変わっていくような、静かな高まりがある。
そこには過剰なドラマではなく、人生経験や人間の深みがそのまま声に宿っているような説得力があって、思わず呼吸を合わせて聴いてしまう。
大袈裟な演出や技巧ではなく、ただ「声」という存在そのものが音楽になっている人。
それがカルロスという歌い手なのだと思う。何度聴いても胸の奥が反応してしまう。
コレッリ – コンチェルト・グロッソ 第8番 ト短調「クリスマス協奏曲」
コレッリは、名前だけを聞くとバロックの大作曲家たちの中では少し控えめな存在に感じられるかもしれない。でも、合奏協奏曲という様式を確立し、その後のヴィヴァルディやヘンデル、さらにはバロック以降の音楽にまで影響を与えた、とても重要な人物だ。
私自身は彼の「ラ・フォリア」の情熱的な世界が大好きで、その静と動の対比の妙に何度も心を掴まれてき
この第8番 ト短調がクリスマス協奏曲と呼ばれる理由は、やはり終曲のパストラールにある。
コレッリ自身が楽譜に「キリスト降誕の夜のために」と記し、羊飼いたちの笛を思わせる旋律が、静かな夜の空気とともに胸に満ちていく。決して劇的ではない。むしろ、ひとつひとつの音が温度を持ちながら淡く積み重ねられ、その奥から 祈りにも似た静かな歓びがにじみ出てくるような音楽だ。
華やかな祝祭のクリスマスというより、
寒い夜に灯る小さなランプのあかりのような、
人と人の間にそっと宿る温もりのような——
そんなクリスマスが、この曲には息づいている。
そして、個人的にいつも惹かれてしまうのが第2楽章。
快活でいきいきとしたリズムの中に、人間の生命力のようなものが確かに脈打っていて、チェロの響きを聴くと、チェロを弾いていた長男のことを自然と思い出してしまう。
音楽は、ただ「聴くもの」ではなく、こうして人生の記憶と結びつきながら、少しずつ深まっていくものなのだと、あらためて感じさせてくれる曲でもある。
チャイコフスキー – くるみ割り人形
「くるみ割り人形」は、我が家にとって特別な作品だ。
コロラドに住んでいた頃、友人が毎年クリスマスにバレエのチケットを用意してくれたことがきっかけで、家族で劇場へ出かけるのがクリスマスの儀式のようになった。寒い夜にドレスアップして、コートの襟を立てて外へ出て、少し背筋を伸ばしながら客席に座り、照明が落ち、最初の音が鳴り始める――その瞬間から、現実が静かに遠のいていく。
娘にとっても、それは忘れがたい childhood の宝物らしく、いまでも音楽の冒頭が少し流れただけで、涙ぐんでしまう。
きらめく舞台、色とりどりの衣装、そして夢と魔法に満ちた物語。
小さな女の子がクリスマスに出会った「世界は美しくて不思議だ」という感覚が、そのまま心の深いところに残っているのだと思う。娘がたいてい大涙する場面はこちら↓クリスマスの夜、プレゼントにくるみ割り人形をもらったクララ。そのお人形が王子様になるところ。
私が愛してやまないのは「グラン・パ・ド・ドゥ」の場面。
静謐なアダージョの美しさと、その後の見事な技とスピード感で魅せるコーダ。
優雅でありながら生命力に満ち、ただ夢のように甘く終わらない、チャイコフスキーらしい強さのあるロマンティックがここにある。
「くるみ割り人形」は、ただのバレエでも、ただのクリスマス作品でもない。
「クリスマスという時間は、ただ賑やかで楽しいだけではなく、
心の奥にある幼い頃の純粋な世界へ帰してくれるものなのだ」
――そのことを、毎年あらためて思い出させてくれる。
だからきっと、私たち家族はこの作品が好きなのだと思う。
夢を見ることを許される時間。
大人になっても、人生を重ねても、どこかで消えずに残っている
心の中のクリスマスの国にもう一度触れさせてくれる作品。
それが「くるみ割り人形」なのだ。
【番外編】George Winston – December
少し懐かしい名前かもしれない。
私自身、当時夢中で弾いていた1枚で、ふと思い出して久しぶりに聴き返したら、静かな冬の空気がふわりと戻ってきた。こちらは全アルバムをYoutubeのリンクで。
George Winston: December
淡々とした響きの連なりの中に、ひんやりした透明感と、わずかな優しさが潜んでいる。派手ではないけれど、冬の静けさとよく似た音楽だと思う。
慌ただしく過ぎていく季節の中で、少し静かに耳を傾けたくなるクリスマス音楽たち。
それぞれの心にふさわしい音とともに、どうかあたたかなクリスマスを迎えられますように。
メリー・クリスマス。



