ここへは、その後夜明け前に登ることになる。その旅行記はまた後ほど。
断崖の上の天空寺院へ ― 最初の訪問記
ランパーン県チェーホム村。
その村の奥、ドイ・プーヤックという山の断崖絶壁に、空に浮かんだような寺院がある。ずっと気になっていたその場所に、ついに足を運ぶことができた。
近年はテレビなどでも紹介され、タイ国内の絶景スポットとしてすっかり有名になったらしい。バンコクやパタヤ、アユタヤなど遠方から訪れるタイ人旅行者に加え、台湾・香港・シンガポール・韓国、そして欧米からの旅行者の姿もある。年末年始には一日に4,000人が訪れたこともあるという(ふもとのカフェのお姉さん談)。あの細い階段を4,000人…想像しただけで背筋が冷える。私が訪れた日は不思議なくらい空いていて、静かに、この場所と向き合う時間をもらえたのは本当に幸運だった。
天空寺院の正式名称は
Wat Chalerm Phrakiat Phrachomklao Rajanusorn。
ラーマ4世生誕200年を記念して2004年に命名されたという。現地では「Wat Chalermprakiat」や、もともとの呼び名である「Poophadaeng(プーパーデーン)」など、いくつもの名前で呼ばれている。旅の途中、しばらくどれがどれなのか分からなくて、本気で混乱した。寺院はふもとの本堂、中腹、そして断崖の上の“天空の寺院”と三段階に分かれて存在している。
天空へ近づいていく道
自家用車で行けるのは山のふもとまで。ここが第1の寺院。
そこから一人200バーツ(2017年当時)の往復料金を支払い、ソンテウ(乗り合いトラック)で山の中腹へ向かう。トラック同士は無線で連絡を取り合い、狭い山道で鉢合わせにならないよう慎重に運行しているらしい。(余談だが、この200バーツの大半は道路管理をしている軍の収入になり、実際にドライバーやお寺へ入るお金はほんの数十バーツだと聞く。旅先で知る「現実」は、どこか生々しく、少し切なくもある。)
中腹の寺院には仏足石や仏像、洞窟のお堂、飲み物、そしてありがたいトイレ。ここで小さな深呼吸をして、いよいよ“本番”が始まる。
頂上まで徒歩800メートル。階段部分は約400メートル。
距離だけ見れば大したことはない。
でも、それが35度ほどの急勾配で続くとなると話は別だ。
普段ほぼ運動とは無縁の私には、生存を賭けた挑戦のように感じられた。
ただ、不思議なのは、人はみんな淡々と登っていくことだ。80代というおばあちゃんも、小さな子どもも、サンダル姿のタイ人も。そんな姿に励まされながら、一歩ずつ足を持ち上げていく。
実は前日にドイ・クンターン国立公園の山道を14キロハイキングをしたので、既に足が筋肉痛で、ここへ来る前にはChae Son National Parkでのんびり温泉に浸かり、脚の疲れを癒したハズだったのだが、全然癒されていなかったようだ。脚はすでに筋肉痛だった。温泉で癒した「つもり」だった脚は、やはりだまされてはくれなかった。登りもきついが、帰りの階段も容赦ない。すべてを終えた頃には膝は完全に笑い崩れ、途中のカフェで車を降りた瞬間、脚が前に出ず、自分で自分に呆れ笑ってしまった。
頂上 ― 風と鈴と、静かな幸福
それでも、人はなぜ山に登るのだろう。
その問いの答えの一端が、頂上で少しだけ分かった気がした。
最後の階段を登り切り、風の通り抜けるサラーへ出る。
眼下に広がる山並み、どこまでも続く緑、その上を柔らかい空の色が包んでいる。天気は最高、ただ立っているだけで胸の奥が静かにほどけていく。本堂で手を合わせ、写真を撮り、そしてもう少しだけ、ここに身を委ねたくなった。
賑わうサラーの横に、小さな堂がひとつ。
壁に囲まれていて、景色はほとんど見えない。
つまり、ここは“映えない場所”。だからこそ無人だった。
ここが、最高の瞑想スポットだった。
やさしい風が肌を撫で、屋根から吊るされた鈴が、風のたびに静かに鳴る。音があるのに、なぜか“静寂”を強く感じる。その中で、心の奥に溜まっていた埃のようなものが、風に溶けて遠くへ運ばれていくような気がした。ストレスや不安が多い人生の流れの中でも、こうしてただ幸福だけが透明に満ちる瞬間がある。そのことがありがたくて、胸の奥がそっと温まった。
きっと時間帯が違えば、雲海も朝焼けも夕焼けも圧倒的な光景を見せてくれるのだろう。
そして何度見ても、きっと同じ言葉を口にするはずだ。
――「よく、こんな場所に建てたよね。」
帰りにふもとの寺院(実はここが本体)へも挨拶をし、駐車場近くのマッサージ屋で少しだけ脚を揉んでもらった。至福。あの瞬間の解放感と幸福感も、この旅の大切な記憶のひとつだ。
Wat Chalermprakiat への行き方(車)
距離だけを見ればドイサケット越えが近いのだが、山道がかなりハード。私は一旦ランパーンまでスーパーハイウェイで走り、そこから1157号線で向かうルートを選んだ。だいたい2時間半ほどで、ふもとのソンテウ乗り場へ到着する。








