全ての存在は「音」から生まれる

瞑想

Nama Rupa(ナマ・ルパ):名と形の不思議

ナマ(名前)とルパ(形)。 サンスクリット語では、ナーマ(こころのはたらき)とルーパ(物質)を指す。

ここでいう「ナマ」は、単なる「名前」ではない。
その対象を認識し、意味を与え、心に「これは何か」と位置づける働きそのもの。
そして「ルパ」は、目に見える形、触れることのできる現象世界。

この言葉の奥にある真意は、
「すべての形あるものには、それを生みだす固有の振動(音)がある」
ということなのだと思う。

私たちの身体を含め、あらゆる物質は原子からできている。
それらをただの「固形物」としてではなく、常に細やかに揺れ動いているバイブレーション(振動)そのものとして感じてみると、ナマ・ルパの世界観が腑に落ちてくるだろう。

振動が意味をまとい、意味が形を与え、形はまた新たな認識を生み、再び振動へと還っていく。
Nama と Rupa は対立する二つではなく、互いを成立させ合いながら循環している ひとつのプロセスなのだ。

ナーダ・ブラフマー(音は神なり)

インド哲学には、「ナーダ・ブラフマー(Nāda Brahma)1=宇宙は音である、音は神なり」という有名な言葉がある。
世界の根底には常に振動があり、その響きが形となって現れたものが、私たちが見ている現実である――そんな宇宙観。

この視点は、ヴェーダ2哲学に限らず、世界の叡智と静かに響き合っている。
たとえばキリスト教の『ヨハネによる福音書』は

「初めに言(ことば)があった」

という一節から始まりる。
ここで語られる「言葉(ロゴス3)」は、単なる言語ではなく、宇宙が最初に息づいた瞬間の原初の振動を指しているのではないだろうか。

ヒンドゥーの「オーム4
イスラーム神秘主義の「音こそ神」という思想
そして日本の「言霊」文化
宗教や文化を超えて、人類はずっと「宇宙の根源は音(振動)である」という同じ真理を見つめ続けてきたのだと思う。


ヴェーダ哲学が説く「音の5段階」の理解体系

瞑想の中でマントラがなぜあれほど深く作用するのか。通訳をさせていただいていたフルフィルメント瞑想のボブ・フィックス先生から学んだ「ヴェーダ哲学における音の理解体系」をここに記しておく。
ヴェーダには一般的に「音の4段階」という体系が知られているが、そこに「空(くう)- 静寂でありながら、すべての可能性を孕んだ場」を含めた5段階として教えられた。

ヴァイカリー(Vaikhari):表面に現れた音

1:ヴァイカリー
私たちが普段、耳で認識している具体的な「音」。 マントラとして声に出す音、楽器の音など、一番外側に具現化したレベル。 (AUMの「A」に象徴される段階)

マッディアマ(Madhyama):心に響くささやき

2. マッディアマ:
頭の中で聞こえる、静かな思考のような音。他人には聞こえない、魂のささやき。 深い瞑想中や感覚が研ぎ澄まされた時、エネルギーの通り道(ナディ5)を通じて認識される微細な音。 (AUMの「U」に象徴される段階)

パシアンティ(Pasyanti):視覚化される振動

3. パシアンティ:
このレベルは「聞く」を超え、光や感覚として体験される。
カルマの影響を受けない、純粋で完成された振動。
瞑想中に見る光は、その振動が私たちの感覚に映し出されたものだと言われている。
このレベルの音は、私たちの内側を深いレベルで整えてくれるように感じ、結果として大きな癒しにつながることがある。 (AUMの「M」に象徴される段階)

パーラ(Para):源のエネルギー

4. パーラ:
音の「種」。純粋なエネルギー(シャクティ6)そのものであり、まだ光すら存在しないレベル。 具体的な形はなくても、圧倒的なパワーと存在感を持つ波として認識される。 (AUMにおけるトゥーリア7:純粋意識の状態)

空(くう):絶対的な静寂

5. 空(くう):
最も深いレベルにある静けさ。
何もない「無」というよりも、すべての可能性がまだ形を持たないまま満ちている広大な領域。
ここに触れるとき、私たちの内側のマインドやエゴは静まり、その奥にある「本来の意識」が姿を現す。


瞑想とマントラ、そして至福のシンフォニー

瞑想で使うマントラの本質は、耳に聞こえる音そのものではなく、その奥底にある「波動」にある。

私は1986年頃に習って以来、瞑想の前に「ガヤトリマントラ8」を唱えるのが習慣があり、このマントラを唱えるとき、自分の中に「完璧で純粋なテンプレート(雛形)」が設置されるような感覚になるのだ。

このテンプレートが「空」に適用されると、私の中のすべてが調和に向けて整えられるように感じ、宇宙の振動と共鳴し始める。すると内側と外側の境界線が消えていき、自分という本質が「ぐ〜〜〜〜〜〜んと」広がっていく感覚がある。

そこにあるのは、外側の出来事に左右されない、絶対的な至福。
それは、掴もうと意識すると逃げ水の幻影のようにはぐらかされてしまうのだが、ただ流れに浸り、すべてを忘れた瞬間に、突然私を包み込んでくれる。
しかし、それは「体験している」と意識した途端に遠ざかってしまうような、不思議な領域だ。
その真っ只中にいるときには「いま至福の中にいる」とも言えず、ただ静けさの中に溶けているだけ。
そして瞑想を終えたあとになって「ああ、あの静寂の深みに触れていたのだ」と気づく。
(これについては、また別の投稿で書いてみようと思う。)

森羅万象が音でできているのなら、今この瞬間も世界は壮大なシンフォニーを奏でている。
楽器を演奏できない私でも、この宇宙のオーケストラには「私自身」という楽器で、確かに参加している――そう思うと、この世界の響きが、いっそう愛おしく感じられるのだ。


参考書籍

脚注

  1. ナーダ・ブラフマー(Nāda Brahma):インドの古い哲学思想に由来する言葉で、
    「宇宙の本質は音(振動)であり、世界は音から生まれている」という宇宙観を表す概念。瞑想や音楽、マントラの理解の基盤にもなっている。 ↩︎
  2. ヴェーダ(Veda):古代インドの聖典・叡智の体系 ↩︎
  3. ロゴス(Logos):古代ギリシャ哲学およびキリスト教神学で、「宇宙を秩序づける根源的な理性・言葉・原理」を意味する概念。 ↩︎
  4. オーム(Om / AUM):ヴェーダ哲学で「宇宙の創造・維持・再生」のすべてを含む聖なる音とされる根源音。瞑想や祈りの中で唱えられ、宇宙意識とつながる音とされる。 ↩︎
  5. ナディ(Nadi):ヨーガやアーユルヴェーダで語られる、体内を流れる生命エネルギー(プラーナ)の通路。肉体の血管とは異なる、より微細なエネルギー経路を指す。 ↩︎
  6. シャクティ(Shakti):ヒンドゥー哲学で、宇宙を生み出し動かしている根源的な生命エネルギーを指す言葉。神性の「力」として女性性の象徴とも関連づけられる。 ↩︎
  7. トゥーリア(Turiya):ヴェーダ哲学で「第四の意識状態」を指す言葉。覚醒・夢見・深い眠りを超えた、純粋な意識そのものの状態。 ↩︎
  8. ガヤトリ・マントラ(Gayatri Mantra):古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』に記された神聖な祈りのマントラ。智慧と光を求め、心と意識を清め導く祈りとして今も広く唱えられている。 ↩︎

この投稿のカテゴリーについて:これは【瞑想】の記録でもあり、私にとっての【音楽と思索】の原点でもあります。内なる静寂と、外側に響く音。その両面から楽しんでいただければ幸いです。

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