タオ的宇宙観

成熟のレッスン
タオ的宇宙観

※本稿は、アラン・ワッツの講話や著作に触発され、かつて英語圏の記事を参考にしながら、自身の理解として書き直したものである。元記事は現在リンク切れとなっている。

アラン・ワッツが示す、命のバランスを保つためのタオイストの原理

中国の思考や感覚の根底には、反対や対立という概念とは異なる、「二極性」の原理が横たわっている。
それは相反するものが争う状態ではなく、ひとつの全体を構成する両極として共に存在するという理解である。

他文化のメタファーでは、光と闇、生と死、善と悪、肯定と否定といったものは対立し、不和の状態にあると捉えられがちだ。
そのため、多くの場所で「良いものを育み、悪いものを排除する」ことが、繁栄の条件とされてきた。

しかし伝統的な中国思想からすれば、それは陽極だけの電流を想像するのと同じくらい不可解なことだ。
二極性とは、プラスとマイナス、北と南の関係であり、同一のシステムにおける異なる側面にすぎない。
どちらか一方が消えれば、システムそのものが成立しなくなる。


直線的な観念形態

キリスト教やヘブライ思想の影響を受けた文化圏で育った人々にとって、こうした考え方はもどかしく感じられるかもしれない。
それは、時間や歴史を直線的に捉える視野――循環ではなく進歩として理解する視点――から生まれた理想が、あらゆる成長の可能性を否定しているように見えるからだ。

実際、西洋の科学技術の営みの多くは、「世界をより良くする」ことを目的に、苦しみのない喜び、貧困のない富、病のない健康を追求してきた。

だが、私たちは理解不能なほど複雑な関係性のシステムに、常に介入してきたとも言える。
詳細を学べば学ぶほど、さらに多くの詳細が現れ、世界は巧妙に私たちの理解をすり抜けていく。
世界を理解し、制御しようとすればするほど、それは逃げていく。

タオイストは、ここで苛立つのではなく問いを立てるだろう。
追い求めるたびに後退していくものは何なのか。
その答えは、自分自身である。


分離ではなく、同一性としての宇宙

理想主義者たちは、道徳的言語の中で、宇宙を自分自身とは異なる、支配すべき外部の対象として捉える傾向がある。
そこでは宇宙は、コントロールすべき「他者」として存在している。

タオの視点では、宇宙は私たちと同じであり、分離不可能なものとして理解される。
老子はこう語るだろう。
「家を出ずとも、私は全宇宙を知っている」。

これは、人生のコツとは対立することではなく、
風や潮、流れ、季節、成長と衰退といった原理を理解し、それをナビゲーションとして用いることにある、という示唆でもある。
抗うのではなく、それらを活かすことができるように。


技術とタオの関係

この感覚において、タオイストの姿勢は科学技術に反対するものではない。
実際、荘子の著作には、手工業や「木目に沿う」ような原理によって磨かれた技術が数多く登場する。

問題は、科学技術そのものではない。
それを扱う人間が、自分たちが宇宙とひとつであり、同じプロセスの一部であることに気づいていないとき、はじめて破壊が生じるのだ。

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