思い出

記憶の風景

「ついで」という名の愛の反射〜バレンタインディーに寄せて

記念日に無頓着だった彼が、タイの街角で買ってきた無造作な一輪のバラ。当時は「適当に買ってきたな」と不満だったその「ついで」の贈り物が、今では何よりも尊い愛の反射として蘇ります。バレンタインデーに寄せて綴る、記憶と愛の記録。
記憶の風景

二つの鳥の声、二つの時間

未明のまどろみの中で聞こえてきた、トラツグミの細く鋭い笛のような音。その揺らぎのない響きは、かつてメーリムの田舎で家族と過ごした日々へと私を連れ戻す。失う予感と共鳴していた過去の声と、現在を力強く刻むオニカッコウの声。二つの音が織りなす、人生の輪郭についての思索。
記憶の風景

薄明光線 — 過去と現在が、ふいに重なるところ

あの日の薄明光線は、ただの景色ではなかった。いまでも時々、過去と現在をつなぐ通路のように蘇る。
記憶の風景

人生の後半に残る友情と夫の思い出

夫が他界してからも、変わらず声をかけ続けてくれたご近所の夫婦。家族でもなく、長い歴史を共にした友人でもない。それでも残ってくれた縁の温度を、メーリムの夜風の中で静かに受けとめた一夜の記録。
笑いと癒し

祟りの人面石と笑いの浄化

こわい、でも笑える。祟り石として恐れられたはずの人面石が、ある出来事を境にただの家族の爆笑アイコンへと変わっていった、不思議で楽しい夏の思い出。
痛みと光の間

夫の誕生日 ― 虹とともに思い出す日

亡き夫の誕生日。止まった年齢と、追い越して生きていく私。それでも誕生日は毎年訪れ、記憶とともに祝われていく。虹の出た日に思うこと。
クラシック・現代

ちょっと大人なクリスマスの音楽たち

にぎやかなクリスマスソングが苦手なわたしが選ぶ、少し大人のクリスマス音楽。静かに心に灯りをともすような曲たちの話。
クラシック・現代

音楽の原風景

幼稚園のバレエ発表会で出会ったサン=サーンス「白鳥」。人生初のシングルレコードを買ってもらった。YouTubeで古い映像を見返すたび、5歳の私は音楽に恋をしていたのだと思い出す。チャイコフスキー「アンダンテ・カンタービレ」は、子どもなのに「懐かしさ」で胸がきゅっとした、あの不思議。
記憶の風景

香りの記憶、音の記憶 

友人が庭から摘んだピンクのバラの香りに包まれ、To a Wild Roseを口ずさむ。コロラドの野ばらと子供たちの小径がよみがえり、香りと旋律がチェンマイの今を照らす。形のない記憶が、心の深部で私をつなぎ直す。
瞑想

クンダリーニと境界線:ナイロビでの私の黒歴史

22歳のナイロビで体験した、尾骨から背骨へ駆け上がる上昇の感覚。曼荼羅の幻視、恐怖、失神。2009年の瞑想で記憶が蘇り、2014年に書き直し、2026年のいま「クンダリーニ」と「境界線」という言葉であの夜を置き直す。体験を追わず、Beingに戻る——それもまた瞑想の本質だと思う。