心のひび割れから生まれる贈り物

痛みと光の間

私たちはみんな、周囲から期待されている役割を果たそうとして生きている。
淡々と、あるいは必死に努力しながら、「良き人・母・妻・恋人・友人」であろうとする。

けれど、ある日突然、心がひび割れることがある。
押し込めてきた感情や葛藤が一気に噴き出し、自分が別人のようになってしまう。
無価値感、無力感、犠牲者意識。そんな自分が中にいたことを知って驚く。
不安に苛まれ、神経が衰弱し、食事が喉を通らない。泣いたり怒ったり、パニックになったり、胸が締めつけられる。
そんな状態は、まるで最悪の災難のように思えるかもしれない。

でもきっと、これにも意味がある。
「そこに気づいて」と、何か大きなものが、私に経験させてくれているのかもしれない。
適切に向き合うことができたなら、それは学びとなり、自分を磨くためのかけがえのない機会にもなり得る。

感情的な痛みって、身体と心が全力で鳴らしてくれるアラームのようなものだと思う。
熱いものに触れたら痛みが警告してくれるように、有害な信念があるとき、感情は「痛み」として知らせてくれる。
「私なんてダメだ」と思うときに苦しくなるのは、それが真実ではないから。
感情の痛みは、間違った信念を教えてくれる、とても誠実なサインなのだ。

ただ、その原因を誰かのせいにしている限り、心の傷はなかなか癒えない。
誰かを責めるということは、その人が今も自分に強い影響を与えている、と潜在意識に伝え続けるようなもの。
それは、結局自分を無力化してしまう。
だから本当の回復は、「自分の価値を無条件に認めること」、そして「他人に心のニーズを満たしてもらう前提を手放すこと」から始まるのだと思う。
自分の力を、自分の手に取り戻すこと。

「引き寄せの法則」では、私たちは無意識に、自分の心の傷のスイッチを押す人を引き寄せると言われている。
たとえば「いつか見捨てられるのでは」という恐れがあると、コミットしない相手を選んでしまう。
癒されていない傷が、理想のパートナーとの出会いを遠ざけてしまうこともある。

でも、その傷に気づけたとき、それは同時にギフトでもある。
そこから、自立心や深い知恵、そして愛情豊かな思いやりさえも生まれてくる。
もしかしたら今は、その恩恵を受け取るための、とても良いタイミングなのかもしれない。

そして「許し」。
許しは、誰かのためにするものではない。
それは、自分自身に贈る最高のギフトだと思っている。

だから今回の音楽は、オランダの作曲家ユップ・ベヴィンの「贈り物」。
彼はグランドピアノではなく、少し古くて素朴なアップライトピアノを選ぶ。
時にはフェルトを挟んで音を柔らかくして、無駄な煌びやかさをそぎ落とす。
その音は、完璧ではないものの中に宿る静かな美しさを教えてくれる。
まるで、「傷ついた心のままでいい」とそっと寄り添ってくれるようだ。

許しとは、過去を消し去ることではなく、「ここまでよく生きてきたね」と自分に手を置いてあげること。
彼の音楽は、そんな優しい許しの感覚ととてもよく似ている。
キャンドルの灯りの夜に流れていると、心の奥で固まっていたものが、少しだけ溶けていく。

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