魔法の時間と、人間らしい迎え方
ある有名なインフルエンサーさんによると、冬至点の瞬間を「魔法の時間」というそうだ。その表現には、人の心を静かに灯す力があるなあ。冬至点は古くから 御刻(みとき) とも呼ばれ、一年のうちでも特に光が生まれ変わる瞬間として大切に扱われてきたそうだ。
日本は特別?チェンマイにいる私は?
今年、日本ではその御刻が 0時03分──ほぼ0時。そうなるのは数千年ぶりなんだそう。この象徴の美しさから、特別な力を帯びているという声も耳にする。その物語にわくわくする気持ちは、どっぷりとスピ界に浸かっている私にもよくわかる。
ただ、私には個人的な事情があるのだ。
・・・だって私は今チェンマイ・・・。
日本の0時の御刻パワーがそのまま降ってくる場所ではなく、最初は「あらやだ、海外在住者は蚊帳の外?」と思ってしまった。笑
ここは一応声を大にして言っておくけど、これは 負け惜しみで言っているわけではない!笑
でも、ここからは負け犬(だから違うって)の理論を展開させていただく!
人間が決めた暦
というのも、0時という数字を考えてみると、それは宇宙が決めたものではなく、私たち人間が暦の中で定めた区切りにすぎない。
かつては日の出を一日の始まりとする文化もあれば、日没を0時として扱う暦もあったそうだ。だからもし違う歴史を歩んでいたら、「今年の冬至点は日の出に近い!すごい!」と騒がれるなんてこともあったかもね?
宇宙は、ただ淡々と軌道を巡っているだけで、どこかの国の時計に合わせてくれるわけではない!
しかし、世界の大聖地では・・・
エジプトのアブシンベル神殿では、冬至に近い日だけ、太陽の光が長い回廊を通り抜け、奥の神像を黄金色に照らす。
アイルランドのニューグレンジでは、冬至の朝日が細い石室を一直線に貫き、最奥の壁を光で満たすように設計されている。
伊勢の二見浦でも、冬至の日の出が夫婦岩の間から昇る光景が知られている。
これらはすべて、太陽の動きを知り尽くした人々が、冬至の光が建築の中心に差し込むように設計した光と建築の奇跡だよね!
つまり、聖地で起きるのは 太陽光そのものが生む現象と、今回語られている「日本の0時03分の御刻」は 暦という象徴の話は、まったく別の種類の特別さ。
冬至の御刻の同時多発的瞑想
そして最近、さとうみつろうさんが、この冬至の御刻に合わせて世界中の人たちが同じ瞬間に瞑想するという企画があると知った。目標は 144,000 人。なんとも壮大で、わくわくする数字だ。(この数字、スピリチュアル界隈の人は絶対に密かにわくわくするよね笑。この数字の背景を語りはじめたら、完全に別のエッセイが一本できあがってしまうので、今日は深掘りせず、また今度ゆっくり。)
私はここには、とても共感している。天体の配置や時差の違いがどうであれ、同じ瞬間に多くの心が静けさを選ぶという行為には土地を超えた力がある と感じているからだ。
それは光でも、暦でもない、意図という名のエネルギーが集まる現象。私たちが生み出す、もうひとつの御刻なんだと思う。
チェンマイでは冬至点は12月21日 22:03(タイ時間)。日本とは日付も違い、2時間もずれる時間帯だが、その瞬間の太陽の転換は、世界中どこにいても同じ一度きりの出来事。
御刻の本質は、時刻よりも光が生まれ変わる瞬間を、どう受け取るか、にこそあるのではない?
結局、特別さは「どこにいるか」ではなく、「どう迎えるか」 で決まる!だから、その時間に14万4千人世界同時多発的瞑想というのはとても素晴らしいアイディアだと思う!
日本にいても、チェンマイにいても、地球の裏側にいても、その時間を大切に扱い、静かに意図を澄ませれば、そこがその人にとっての魔法の御刻になるに決まってる。宇宙が世界のどこかを選ぶのではなく、私たちが自分の場所に意味を与えるのだから、御刻の恩恵は世界どこにいても同じだと思うわけだ。
今年の冬至、あなたが今いるその場所で、あなたなりの御刻が静かに開きますように。
そういえば、数年前に、さとうみつろうさんや山川ご夫妻やpicoちゃんも参加してくださった阿部敏郎さんのチェンマイ・パワースポットツアー、冬至の日の出をランパーンの天空の寺院ですごしたっけ!今思えばすごいツアーだったなあ。この投稿のトップの写真はあのときの強烈な冬至の日の出。
そして寝落ちしました(後日談追記)
はい、世紀の(?)冬至点、見事に寝落ちしました。笑
冬至点の前後は、良い意図と共に静かに瞑想して過ごすつもりだった。
だったのに・・・気づいたら、チェンマイ時間22時5分。
……はい、終わってました。笑
冬至点、華麗に寝過ごしましたとも。
起きてから「よし、いいイメージを広げるぞ!」と意気込んだはずなのに、なぜか浮かんでくるのは、腹黒系のロクでもないことばかり。
こんなときに限って、どうして人間って想像力が豊かなんでしょう。笑
「あ、これダメな流れだ」と思って、途中で潔く諦めて、ガヤトリマントラへ移行。
こうなったらもう、聖なる音の振動さんに丸投げです。
冬至点の神聖な波動、私の寝落ちやらロクでもない妄想やらを全部まとめて、上手に処理してくれていますように。
そしてどうか・・・私のロクでもない波紋が世界に広がっていませんように!笑
でもまあ、こんな冬至も悪くない。
ちゃんと真面目に光と向き合えなくても、笑いながら「まあいっか」って言える心があれば、それだけで十分、光とはいい関係でいられる気がします。
(小声:スピ界って、私も含めて、冬至とか好きすぎて、つい大騒ぎしちゃうよね。笑)
ということで今年の冬至も、ちゃんと人間でした。
写真は2025年冬至直前のチェンマイ、朝陽の光と、夕暮れの光を浴びるゾウさんたち。美しいなあ(自画自賛)





