タイ

暮らしの風景

チェンマイの煙霧と日本の食卓の境界線

東京の澄んだ青空の下で考えた。チェンマイを灰色の霧で覆うあの煙は、本当に「あちら側」だけの問題なのだろうか。私たちが手にする安価な鶏肉と、遠い空を焦がす炎。その見えない境界線を辿る。
痛みと光の間

ラーフーの抱擁と倍音の海〜 月食のマカブチャに寄せて

満月が影に呑まれる月食の夜、タイの聖日マカブチャを迎えた。僧侶たちの読経が「倍音」となり細胞を震わせ、黒き神ラーフーが月を抱く。光と影が交差する寺院で、三帰依の祈りとともに体験した魂の再誕の記録
星空の思索

銀河を仰ぎ、深淵に触れる夜

睡眠時間はわずか30分。チェンマイの秘境・ウィエンヘーンで迎えた極寒の夜、月が沈んだ瞬間に現れたのは、山の端からゆっくりと立ち上がる圧倒的な天の川だった。天頂を埋め尽くす「宇宙の深淵」と、その場で淹れてくれた温かいコーヒー。心震える星撮り紀行。
旅と思索

リス族〜伝統が息づく色鮮やかな鼓動

タイ北部の山深く、ウィエンヘーンで遭遇したリス族の新年。色鮮やかな衣装を纏い、地面を叩く独特のステップ。単なる祭りを超えた、民族の魂が混ざり合う神聖な一夜の記録。
天体と神話

影として生き続ける神 〜ラーフー猫と食の時間

影の神ラーフー。太陽と月を飲み込む存在は、光を奪うのではなく思い出させる装置なのかもしれない。食の時間は、外から内へと意識が反転する宇宙のひととき。
星空の思索

名付けないという贅沢 〜 チェンマイの夜明けに出会った光

チェンマイの夜明け、地平線に現れた祭壇座と天の川を横切る正体不明の光。科学的な特定と、それを超える内面的な「余白」の美しさ。答えの出ない問いを抱えて生きる豊かさを綴る。
旅と思索

布一枚で繋がるリス族の父と子 『イクメン』という言葉が消える場所

リス族の村で目にする「赤ちゃんを背負う男たち」。言葉の壁という境界線を越えて、赤ちゃんのくしゃみの飛沫とともに飛び込んできたのは、どんな神秘的な占いよりも雄弁な、生の輝きと慈愛に満ちた笑い声だった。
痛みと光の間

赤い口紅は小さな鎧

心が本当にボロボロだったとき、バンコクで真っ赤な口紅を買った。それは小さな鎧であり、「私はまたちゃんと立つよ」という静かな宣言だった。色ひとつで風向きが変わることが、人生にはある。
音楽と思索

私の推活

チェンマイで出会った若きロックバンド。かつて「ロックおねーちゃん」だった血が騒ぐ熱狂の夜。入場無料のライブバーで、お酒の弱い私が「追加注文」を繰り返す理由とは。文化を育てる側としての責任感と、音楽の原点「音を楽しむ」喜びを綴る。
星空の思索

ブラフマ・ムフルタの風と、私のアスクレピオスの杖

天の川を求めて訪れた夜明けの貯水池。期待が「不発」に終わった闇の中で出会ったのは、医学の祖ケイローンと、私を導く「アスクレピオスの杖」。ブラフマ・ムフルタの静寂の中で、内なるオージャスが宇宙のソーマと共鳴した、深い瞑想の記録。