最新のAIで、ちょっとした動画を作ってみた。画面の中に現れたのは、まるで魔法にかかったような10代の私だ。ツルツルの肌に、潤んだ瞳。「ちょっと綺麗すぎだよ!」と思わず赤面してしまうほどの美化に、笑ってしまったし、小っ恥ずかしい居心地の悪さを感じていた。友人や家族に見せたら「ありえん!」と爆笑されるやつ!
実は私はアンチエイジングにはかなり敏感である(笑)。 分子栄養学を学び、高タンパク・低糖質を心がけ、甘味はラカント。日焼け止めも欠かさない。(その割には運動をしないのだがw)以前、モン族の村で出会った女性の手仕事を前に「美しさとは何か」を問い直したあの日からも、やっぱり私は老化に抗うことを自分なりの楽しみとして続けている。
ところが、何度もその動画を見返しているうちに、あることに気づいてハッとした。 AIがどんなに顔を若返らせても、本を抱える手だけは、シワや質感がしっかり刻まれた、今の私の手のままだったからだ。 そのアンバランスな映像を見た瞬間、不思議なことに、私は心の底からホッとした。
以前モン族の女性に教わった、刻まれることで深まる美しさ。 あの時はあの女性を通して感じたその真理が、今回は自分の手を通して、ダイレクトに私の中に着地。 どんなに最新技術が肌を滑らかにしても、この手が紡いできた時間(・・・根を詰めて翻訳に費やした日々や、大家族のご飯をせっせと作ってきたこと、子供が熱をだせば眠れない夜が続く、などなどなどなど・・・)までは書き換えられない。その書き換えられなかった部分にこそ、私の本当の生きてきた証がある感じたのだ。
これからも私は、楽しみながら(時に悩みながら)アンチエイジングに励むだろう。 でも同時に、AIが修正しきれなかった自分の老いに安らぎを感じる自分も、大切にしていきたいと感じている。 若さという嘘と老いという本当。 その両方を抱えながら、今の自分を面白がって生きていく。それが今の私の美しさへの回答かもしれないよ。
皆さんは、自分の体のどこかに「自分らしくて好きだな」と思える、生きてきた証(シワや傷跡など)はあるだろうか?




