チェンマイの午前4時半。今年最初の天の川に会いに行った。
世界が眠っている頃、現地に到着し、車のドアを開けた途端に、北の空に早速流れ星!速攻で歓声が上がる!そしてすぐに南の地平線ぎりぎりに「祭壇座(ARA)」の姿を見つけた。通訳している宇宙の話題でよく出てくる星座だ。北半球の多くの場所では断片しか拝めないその星座が、タイの低い緯度のおかげで、今朝はたった一つの星を欠いただけで、ほぼ完璧な全貌を私に見せてくれた。初めて認識するその大きな輪郭に、もう私は大喜びだ(笑)。
夜空は星々の大物たちが勢ぞろい!祭壇座の向こうには、ケンタウルス座の明るい恒星がふたつ、煌々と光っていて、さらにその隣には山の稜線に半分かくれた南十字星がいた。さそり座は堂々と東の空を陣取りスッと起立、いて座は天の川の中心を主張していた。天頂あたりには乙女座のスピカがキラキラと宝石のように青白く輝き、さらに首を傾けると、アルクトゥルスがじっとこちらを見つめている姿が見えてきた。視線を北へ転じれば、そこには妙見の象徴である北極星が揺るぎなく座し、北斗七星が大きな弧を描いて夜の終わりを告げようとしていた。全方位を名のある星たちに囲まれて、なんだか宇宙の完璧な秩序の中に放り出されたような、贅沢な心地だった!
その時だった。 東の空に低く、たなびくようなアーチを描き始めた天の川。その淡い光の帯を、一点の光が音もなく横切っていった!
飛行機のような点滅はない。ISS(国際宇宙ステーション)のような、夜空を支配する圧倒的な輝きでもない。それは一定の速さで北東から東へと滑り、やがて夜の深淵へと消えていった。星アプリでその場で調べてみたが正体不明・・・
帰宅後、早速検索だ。星アプリだけなく、AIにも手伝ってもらって、時刻と方角を照らし合わせつつ軌道計算をしてもらったら、「SL-8 R/B」 かつてソ連が打ち上げたロケットの残骸(デブリ)が、その時間に似たような軌道を通っていたことがわかった。宇宙ではこういうデブリにも名前がついているんだね。
ふと、去年の友人との愉快な夜を思い出す。 スーっと夜空を移動していく星のような光を発見し、「UFOかも!」とはしゃぐ。でもアプリを頼りにその正体が中国の宇宙ステーション『天宮』であることをすぐに突き止めた。 「あの中に人がいるんだ!」 そう分かった途端、私たちは夜空に向かって「おーい!」と大きく手を振って笑い合った。あの時の光は、正体が判明することで、宇宙との距離を一気に縮まった。
けれど、今朝のこの光は、調べれば調べるほど私を「未確認」の淵へと連れ戻される。 まさに未確認飛行物体!笑 データ上の候補であるSL-8 R/Bは、宇宙を漂う死んだ鉄の塊だ。通常、そうしたデブリは回転しながら太陽光を反射し、不規則に明滅するらしい。しかし、私の瞳が捉えたあの光は、一度も瞬くことなく、凛とした一本の線を真っ直ぐに描いていった。
データは「残骸だ」と言い、私の目は「意志を持った光」と言う。
結局、確証という名の最後の一ピースは見つからなかった。かつてのように「お〜い」と声をかける相手がそこにいたのか、それとも役割を終えて眠りについた抜け殻だったのか。その答えは、チェンマイの未明の空気の中に溶けて消えてしまった。
けれど、その「わからない」という宙吊りの状態が、不思議と心地よかったんだよね。
私たちはつい、あらゆるものに正解を求め、名前をつけたがる。たとえば、心の中にふと湧いた「寂しさ」とも「安らぎ」ともつかない淡い感情に、無理やり既成のラベルを貼って安心しようとしたり。あるいは、大切に思っている誰かとの間にある、近くて遠い、名前のない関係性に、白黒はっきりとした定義を求めて苦しくなったりしない?
そんなふうに、形のないものにまで必死に、かつ無意識に「正解の名前」を探してしまったりしないだろうか。
今朝の光が特定しきれない「余白」のまま私の中に馴染んでいったとき、ふと思った。正体がわからないというのも、なかなかいいのではないかと。すべてを言葉にし、理解し、納得するという檻の中に閉じ込めなくても、世界は十分に成立しているからね。
時間は解決してくれないし、ただ、答えの出ない問いを、問いのまま抱えて歩いていくのも悪くないよね。その「わからなさ」を受け入れたとき、私の内側にある宇宙もまた、少〜しだけ深まっていった気がする。
名前のない光は、すぐに見えなくなった。 特定できなかったという、その確かな不確かさ。正解を見つけることよりも、この揺らぎの中に留まっていることの方が、ずっと宇宙に、そして自分自身に近い場所にいるような感じがするんだよね。
Hania Rani の Glass
ハニャ・ラニはポーランド出身のピアニスト・作曲家。この『Glass(グラス)』という曲は、彼女のデビューアルバムの冒頭を飾る象徴的な一曲。フィリップ・グラスのようなミニマリズム(音の反復)へのオマージュを感じさせつつ、冬の澄んだ光のイメージが投影されている。ピアノの内部でハンマーが弦を叩く「コトコト」という小さなメカニカルな音が、まるで生き物の鼓動のように聞こえてくるのが特徴。
正確に刻まれるピアノの打鍵が宇宙の秩序を感じさせ、その隙間からこぼれる旋律が、名付けられない感情の余白を埋めてくれる感じがする。チェンマイの冷たい夜明けの空気と一緒に、耳に届くといいな。


