銀河を仰ぎ、深淵に触れる夜

チェンダオ山の上にたなびく天の川 星空の思索
銀河を仰ぎ、深淵に触れる夜〜チェンマイで出会った圧倒的な天の川

「置いていかないで!」

そんな切ない叫びとともに目が覚めた。夢の中の私は、星を見に行く車に乗せてもらえず、ただ遠ざかるテールランプを呆然と眺めていた。時計を見ると、星活スポットへの出発まであと40分。同室の友人も眠れなかったらしくトイレついでに起きてきた。前夜のリス族のお祭りで興奮したのかもしれない。結局、この夜の私の睡眠時間はたったの30分程度だった。

前日はサンカンペーンでの星活(星空撮影)のために午前3時に起き、帰宅後そのまま一日仕事をして、さらに車を飛ばして急勾配の山道を上ること2時間半、このチェンマイ北西のミャンマーとの国境の地域、ウィエンヘーンまでやってきた。体は鉛のように重いはずなのに、心だけがまだ見ぬ空(チェンダオの山の上にたなびく天の川)を求めて急き立てる。ここへはもうすでにここ2ヶ月ちょっとで3度も来ており、これで4度目だ。天候だったり月の影響だったりで、まだ天の川には出会っていない。2日連続の超寝不足の重い体に鞭を打って、機材を担いで夜の闇へと滑り出した。

月が沈み、幕が上がる

午前3時半。外へ出ると、まだ月が空に残っていた。 逆方向とはいえ、月明かりは思いのほか強く、夜空を白く塗りつぶしている。それでも、さそり座のような明るい星たちが堂々と誇らしげに瞬いているのが見えた。

やがて、その月がゆっくりと山の端へ沈んでいった。その瞬間、まるで劇場の照明が一斉に落とされたかのような、完璧な「無」の時間が訪れた。そこから溢れ出してきたのは、濃密な闇。そして、その闇を裂くようにして姿を現した、ぼんやりとしているけれども圧倒的な存在感を持つ天の川。

「ああ〜〜〜❤️❤️❤️」

言葉にならない吐息を闇に放つ。30分の浅い眠りで見せたあの不安な夢は、この光景に出会うための前奏曲だったのかもしれない。

天頂に突き抜ける、純度の高い宇宙

カメラをインターバル撮影にセットし、私は地面にそのままゴロンと寝転んだ。

目に入るのは天頂の空。 そこにはアルクトゥルスが鋭い輝きを放ち、驚くことに、華やかな天の川の周辺よりもずっと多くの星々が、隙間なくびっしりと夜空を埋め尽くしていた。天の川は星の密度は高いのだが、同時に「宇宙の塵(暗黒星雲)」が多く、遠くの星を隠してしまっているらしい。実は、天頂こそが最も空気が薄く、邪魔な地平線近くの塵が少なく、宇宙の深淵を覗き込める場所。大きな星座の余白だと思っていた空間に、これほどまでの光が隠されていたなんて!大気の層を最短距離で突き抜けてくる光の粒は、地上で最も宇宙に近い場所にいることを教えてくれた。

しかし寒い!とにかく寒い。高地の風は、南国のイメージを無慈悲に裏切り、厚着してきたつもりでも冷気が芯まで浸食してくる。防寒着を重ねる必要があることを改めて認識・・・。

ガタガタと震えが止まらなくなったその時、キャンプのホスト、マット君がそっと温かいお茶を差し出してくれた。かじかんだ両手で包み込む小さなカップの熱。喉を通る温もりに、「救われる……」と心の底から思った。

夜明けを彩る、フルーティーな目覚め

時間の経過とともに、横たわっていた銀河がゆっくりと、力強く立ち上がっていく。ドイルアンチェンダオの真上にどっしりと居座っていたさそり座も、舞台を終えた役者のように、静かにステージから去っていく。

やがて、東の空から藍色が溶け出し、オレンジ色やバイオレット色の細い線が闇を塗り替え始めた。 そのマジックアワーの最中、マット君が再び動いた。今度は地元のコーヒー(彼らオリジナルのAkipuコーヒー)を、丁寧に淹れてくれる。

ここのコーヒーはフレッシュでフルーティーな酸味が口いっぱいに広がる。この土地が育んだ、力強い豆の味。強烈なカフェインと爽やかな風味が、冷え切った体にじわじわと染み渡る。30分しか眠っていないはずのボーっとした脳が、この一杯でようやく「朝」を受け入れた気がする。

超寝不足の、ボロボロの体で迎えた夜明け。 けれど、マット君の優しさと、一杯のコーヒー、そしてあのチェンダオの山の上にかかる天の川、見事な朝のゴールデンアワー。
それらはどんな素敵な土産物よりも大切な、私への最高の土産になった。

――今、一時帰国の準備をしながら、もう心は次の旅路を想っている。

あんなに寒くて、あんなに眠くて、あんなに辛かったはずなのに。 もう私は、あの吸い込まれるような闇と、マット君が淹れてくれる温かい一杯が恋しい。恋しくてこれを書き終えないと、本気でパッキングに取り組めない。

「また早く、あそこに行きたくてたまらない」

そんな想いを胸に刻んで、ウィエンヘーンから持ち帰った記憶を道連れに、スーツケースを詰めようと思う。次に行く時は、夢の中でも置いていかれないように。

音楽:ヨハン・ヨハンソンの『Good Night, Day』

この夜の静寂と、星たちがゆっくりと呼吸するリズムを共有したくて、一曲の音楽を選びました。

ヨハン・ヨハンソンの『Good Night, Day』。

ミニマルな旋律が繰り返されるその音は、まるで極寒の闇の中で、少しずつ体温を取り戻していくあの瞬間のよう。 アルクトゥルスの鋭い瞬きや、立ち上がる銀河の気配、刻々を色彩を変えていくゴールデンアワー、そしてあのコーヒーの湯気の向こう側に流れていた「音」は、きっとこんな響きだったのだと思います。

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