愛する人を失った痛みは、時間がただ流れれば癒えるというものではないらしい。
何年経っても、胸の奥が突然ぎゅっと締めつけられたり、世界から音が消えたような孤独に包まれる瞬間がある。
今の私は、そのただ中にいる。
とても孤独だ。
同時に、精神的に崩壊しつつある娘の存在が重くのしかかることがある。
支えなければいけない存在でありながら、彼女がここにいてくれることが、私がこの世界から完全に離れてしまわないための唯一の錨でもある。
負担であり、救いでもあるものを胸に抱えながら、私はなんとか毎日を生きている。
そんな渦中の私が、今の自分のために書き留めている「サバイバルの知恵」。
自分に優しく、そして辛抱強く。
良い日も悪い日もある。今日は笑えても、明日は泣き崩れるかもしれない。
でもその揺れは後退ではなく、ただ“今の私のリズム”なのだと思うようにする。
身体をいたわること。
心が壊れそうなとき、身体は置き去りになりがち。
それでも、これから生きていくための器はこの身体なのだ。
ちゃんと食べる。眠る。ときどき外に出て空気を吸う。
できない日があっても責めない。「今日も生きた」それだけで十分。
自分勝手でいい。
他人に合わせなくていい。期待に応えなくていい。
「立派な遺族」でなくていい。
今はただ、自分の心に必要なものだけを守ればいい。寄り添ってくれる人たちとだけ繋がっていれば、それで足りる。
希望にしがみつく。
「大丈夫」なんてきれいな言葉がまだ遠すぎる日もある。
それでも、「私は生き延びる」とだけ言ってみる。
今日を越えるための小さな希望でいい。
グリーフを信じる。
涙も怒りも絶望も、不安も愛も、全部自然に湧き上がってくるもの。
押し殺さず、そのまま感じていく。
いまの私にとってグリーフは敵ではなく、ただ一緒に歩いているものなのだと思いたい。
避けないこと。
痛みから逃げたくなる夜はある。
現実を麻痺させてしまいたい気持ちも生まれる。
それでも、いつか向き合わざるを得ないのなら、少しずつでも今ここで一緒に呼吸していく。
ギフトを見つける。
それは劇的な奇跡ではない。
朝の光、小さな優しさ、ただ今日を越えられたという事実。
ほんのわずかな救いでも、それは確かに命をつなぐ灯りになる。
Recovering from Grief という記事から受け取った言葉に、自分のいまの体験を重ねて記している。
これが誰かのためでなくてもいい。
まずは自分自身のためのサバイバルメモとして、ここに残しておく。



