グリーフとは何か
グリーフ(Grief)は「悲嘆」と訳されることが多い。大きな喪失によって、ただ悲しむという以上の、心理的・肉体的・行動的・精神的な幅広い反応が起こる。それがグリーフだと思う。愛する人を失うことで、自分の世界がすっかり様変わりしてしまい、混乱し、苦しみの中で、ただ生きているだけで精一杯になる。
生々しい苦しみの中にいるとき
グリーフがまだ新しく生々しく、圧倒的に苦しく恐ろしく感じられるとき、その感情を雑に扱ってはいけない。
我慢できない。もう無理だ。
そう思うのは当然だ。
苦しいかもしれないが、喪失の衝撃はできる限りそのまま体験する必要がある。気の向くまま、流れに従い、泣きたいときは泣き、神に向かって怒鳴り、枕の中で叫べばいい。グリーフを抑圧したり避けたり、無理に変えようとしたりしないでほしい。
これは、あなたのグリーフだ。
体験していい。
委ねていい。
誰もあなたからそれを取り上げることはできない。
周囲の不安と、言葉の暴力
死は人を不安にさせる。怖いのだ。人々は、あなたが家族に先立たれ残されたことは理解している。それでも、あなたがどう悲嘆するのか、それがどれくらい続くのかについて、現実的ではない期待を抱いてしまうことがある。
なぜか。
表面下で彼らはあなたのグリーフに不安を感じていて、できるだけ早くそれが消えてほしいと思っているからだ。あなたを慰めようとし、アドバイスをし、なんとか「乗り越えて」「くよくよせずに生きて」ほしいと願う。
彼らの不安感や気まずさは、ときに深刻な失言へとつながっていく。
たとえば、こんなふうに。
「大丈夫よ、子どもはまた生まれるから」
(亡くなったのが、まるでペットの亀みたいな扱いだと感じてしまう)
「亡くなった彼女は、あなたに人生を前向きに進んでほしいと思っているよ」
(そんなこと、誰に分かるというのだろう)
「その気持ち、分かるよ」
(私の気持ちが、どうして分かるのだろう)
「天に呼ばれたんだね」
(天より私のほうが彼を必要としているのに、と叫びたくなる)
彼らの言葉の奥にあるもの
彼らの行動の源は恐れだ。健全なグリーフのプロセスに対する根本的な無知が、ああいう言葉を生む。だからといって、その言葉が痛くないわけではない。けれど悪気があるとは限らない、ということもまた覚えておきたい。
できるなら彼らを許し、そして、そういう人たちと過ごす時間を減らせばいい。
その代わりに、静かに傍にいてあなたのグリーフを見守り、コントロールしようとしない、本当に信頼できる友人と一緒に過ごしてほしい。
今は見えなくても、あとで分かること
あなたは今、絶望の深淵にいて、グリーフのプロセスに知恵があるなどとは思えないかもしれない。けれど後になって回想すると、必要なときに必要なことが起こり、それが奇跡のように見事な結果へとあなたを導いてきたことに気づくことがある。
今のあなたへのメッセージはひとつだ。
グリーフを信頼すること。
グリーフは敵ではない
そのプロセスがどれほど苦しいものであっても、グリーフは友であり、徐々にあなたを導きながら、確実にあなたの活気を取り戻していく。
あなたは、自分の苦しみの深さを誰も理解できないだろうと感じているかもしれない。だが現実には、圧倒的多数の人が人生のどこかでグリーフを体験する。そして永久に続く傷に苦しむことなく、その道を通り抜けていく。とはいえ、誰も(そしてあなたも)ジグムント・フロイトが「喪(悲哀)の仕事」と呼んだパワフルなプロセスから逃れることはできない。
近道はないということ
喪失がまだ新しく、いっぱいいっぱいの状態のとき、時間をかけながら、ただちにグリーフを体験することを自分に許していくことが、将来的な精神衛生のために必須だと専門家は言う。グリーフを後回しにしたり、避けたり、時間に制限をかけたりしないでほしい。
怒り、落胆、絶望など、すべてを体験することが癒しへの唯一の道だ。涙を一粒また一粒とこぼすのは当然のことだ。近道はない。死やグリーフは「乗り越える」ものというより、「味わい、体験していく」ものだ。
善意のある友人たちがあなたを「救って」この癒しのプロセスから引き離そうとするかもしれない。だが、そのようなことはさせなくていい。
「喪(悲哀)の仕事」の過程で覚えておいてほしい大切なポイントがある。
まず、グリーフの表現や体験の仕方は、自分だけのユニークなものだということ。変化し、動き、流動的である限り、それは普通のグリーフだ。
そして、終わりは来る
あなたは人生のジェットコースターに乗ろうとしている。グリーフは獣のようで、秩序もなく予測もつかない。一進一退する。比較的穏やかな時期が来て、涙を流さない日が続くこともある。「ああ、良かった」「ついに受け入れる段階になったのかもしれない」と思う。すると、驚くほどあっけなく、再び強烈なグリーフにひざまずくことになる。そして自分が進歩していないのではないか、と疑ってしまう。
だが、あなたは進歩している。
胸に愛情いっぱいの想い出を抱きながら、愛する人が傍にいない人生を受け入れ、また生き始める。徐々に強くなり、自分の人生をより管理できるように必ずなる。



