友だちが昨日、遊びに来てくれた。
夕方になって、そろそろ帰る支度を始めたころ——空が、見事に晴れていることに気づいた。
その瞬間、私は半分「追い出す」みたいな勢いで彼らを見送り、車のキーを掴んで山へ駆け上がった。笑
ワインを呑まなくてよかった。ほんとうに。
サムーンの山の上で、夜が深呼吸していた
チェンマイのサムーンの山の上へ着くと、夜の空気は少し湿り気を帯びていて、深い静けさが広がっていた。
下の方には雲が溜まり、ときどき稲妻が閃光を放って、真っ暗な空を一瞬だけ照らす。
遠くの雷鳴は、音というより「気配」みたいに感じられた。
世界のどこかが動いていることだけが、確かに伝わってくる。
アンタレスと天の川、そして雲の流れ
西の空にさそり座が浮かび、赤いアンタレスがひときわ強く光っていた。
天の川は白い帯のように流れ、その上を雲が静かに形を変えながら横切っていく。
星と雲が重なっていく様子は、対立ではなく、ただの共存だった。
遮るもの、邪魔するもの、という感じがどこにもない。
三度の流れ星は、夜の秘密の合図
そしてほんの短い間に三度も、流れ星が闇を横切った。
その一瞬の輝きは、夜の静寂に書き込まれる秘密の合図みたいだった。
空が何かを「語った」というより、私の感覚が、それを勝手に「読んでしまった」。
でも、その読み違いすらも含めて、あの夜は一つの呼吸として完成していた気がする。
境界は、思い込みだったのかもしれない
星や雲、雷や流れ星——すべてが同じ夜空のもとで交差している。
境界などなく、ただ一つにつながっている世界。
宇宙から地球を見た人が語るように、
「分かたれている」という感覚は、ほんとうに幻なのかもしれない。
ちょうど、ある宇宙飛行士のオーバービュー効果の体験記事を読んだばかりだった。
だから余計に、その感覚が強烈に迫ってきたのだと思う。
「わたしと「世界」の間に引いていた線が、ふと薄くなる瞬間。

音楽:Jóhann Jóhannsson “Good Night, Day”
その映像に寄り添わせたのは、Jóhann Jóhannsson の “Good Night, Day”。
弦の響きが静かに立ち上がり、やがて溶けていくその音楽は、夜空に書き込まれる刹那の光とよく似ている。
昨夜、バッグにスピーカーを大急ぎで放り込んだのは大正解だった。
あの夜の呼吸に、音がちゃんと重なった。



