あの夜のオリオン座(3)〜 赤と青のあいだ(完)

心に宿る星
あの夜のオリオン座(3)|赤のベテルギウスと青のリゲルあいだ(完)

(1)では「ただそこにある」オリオン座の静けさを書いて
2)では天宇受売命の踊りと見立ての面白さに寄り道した。
今日は、あの写真の中でずっと気になっていた二つの光――ベテルギウスとリゲルのことを書いておきたい。

私の写真では、ベテルギウスが左下に、リゲルが右上にいる。
見る時間や向きで星座は回転して見えるのに、この夜の私には、この配置がいちばんしっくりきた。赤が沈み、青白さが立ち上がる。まるで、空の中に重心が生まれたみたいだった。

ベテルギウスは赤い。あたたかい、というより、ぬくもりの記憶みたいな赤だ。
じっと見ていると、近づいてくるというより「こちらを許してくれる」感じがする。うまくいっていない自分も、格好つけていない自分も、とりあえずそのままで置いておいていいよ、と言われるみたいに。

一方でリゲルは青白い。鋭い。冷たい、というより透明。
迷いをほどいて、輪郭を与える光。背中を押す、というより「ここから先は自分で選べる」と教えてくれる光のような気がしている。

赤は包む。
青は整える。

私はこの二つが、同じ星座の中に同居していることが、妙にありがたかった。
人生ってたぶん、包まれるだけでは眠ってしまうし、整えられるだけでは疲れてしまう。どちらも要る。どちらも欠けると、息がしにくくなる。

天宇受売命の踊りも、そんなバランスの話だった気がする。
大胆に場を揺らして笑いを起こすところと、岩戸の奥の心をほんの少し動かす繊細さ。
「外に出ろ」と命令するのではなく、「外の空気はこんな感じだよ」と示す。閉じた心に、無理のない出口をつくる。

赤いベテルギウスは、岩戸の中にいる自分を責めない光に似ている。
青白いリゲルは、外の世界の輪郭を優しく差し出す光に似ている。

だからあの夜、私は星を撮りながら、なぜか落ち着いたのだと思う。
星空の何かが「癒やした」というより、私の中の二つの気持ち・・・休みたい気持ちと、進みたい気持ちが、同じ画面の中でケンカせずに並んでいたから。

あの夜のオリオン座は、私に答えをくれたわけではない。
ただ、赤と青のあいだに、ちょうどいい余白をくれた。その余白があるだけで、人は少し呼吸が深くなるのだと知った。

星景写真は不思議だ。写るのは星なのに、結局写っているのは「その夜の自分」だったりする。
同じ空でも、同じ星でも、見上げる私が違えば、受け取るものが違う。

だから、オリオン座の話はいったんここで切る。
というか、終わるのは星ではなく、私の言葉のほうだね。
続きを書こうと思えばいくらでも書ける。でも、つながっているからこそ、今日は余白を残しておく。

空は逃げない。私たちも、急がなくていい。

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