境界に立つ: Where Light Touches Shadow

音楽と思索
光と影が重なる場所で — Agnes Obel「Riverside」を聴きながら

水の流れって、不思議でさ。
形があるようで、触れた瞬間にほどけてしまうのに、心にははっきりと跡を残していく。

このリール(この記事の一番下にあるよ)の音楽、アグネス・オベルの声にも、どこかその性質があって、掴めないまま、近づいたり離れたりしてる。

まっすぐ届く瞬間と、遠ざかる瞬間が重なりあったり。
まるで、忘れたい記憶と忘れたくない記憶がひとつの川岸で出会ってしまったような・・・。

そしてこの曲には、音楽的にも不思議な魅力があってね。
調性の中心がわずかにずれていくような感覚。
メジャーでもマイナーでも落ち着かない、光にも闇にも触れているのに、どちらにも寄りきらない響き。

その不完全な安定が、生と死のあいだ、内側と外側のあいだ──そんな境界に立つときの微細な揺れを支えている気がするんだよね。

この歌の川は自然の川というより、境界そのもののメタファーに聴こえる。
今までの私と、これからの私。
手放したものと、まだ胸の奥で動き続けているもの。
馴染んだ世界と、まだ知らない世界。

Riverside のサビを聴くたびに、心の奥で小さな振動が起こる。
それは喜びでも悲しみでもなく、 人生の節目でふと訪れるあの静けさに近いかも。
生と死、光と影、外側と内側が、ひとつの地点で重なりあうときだけ感じられる気配というか。

私は気づけば、ずっと境界の上で生きてきたのかもしれないよ。
渡りたい思いと、まだ留まりたい気持ちがゆっくり呼吸し合っていた時間が、これまでにいくつもあった。

あの星の下で立ち止まった夜も、 喪失と再生のあいだに身を置いていた日々も、 この曲が描く渡る手前の感覚と、どこか重なってるんだよね。

Riverside は、まさにその渡る手前の質感を描く曲。
終わりと始まりの境界に立ち、光と影が同じ場所に集まる瞬間。
そのとき、私の輪郭がほんの少し変わるような。
それは不安ではなく、むしろ再生の直前にだけ訪れる透明な時間に近いのかな。

だから私はこの曲に強く惹かれる。

生と死のあいだ、内側と外側のあいだ・・・どちらにも寄らずに存在しているとき、いちばん自然な私が静かに立ち上がってくる気がする。

このリールは、その境界に立つときの自分を映した小さな記録。
*リールの言葉は歌詞の引用ではなく、私自身が感じた境界の気配を言葉にしたもの。

Standing at the Threshold ~ Where Light Touches Shadow

生と死のあいだで
光と影が
静かに呼び合う

Between life and death,
light and shadow
gently call to each other.

外側の世界が遠のき
内側の世界が近づく
その境目で立ち止まる

The outer world fades,
the inner world nears—
I pause on their dividing line.

渡れば終焉
戻れば継続
そのどちらにも触れずに ただ息をしている

To cross, one thing comes to an end.
To return, the days go on.
For now, I remain in between.

影の深さに
光の輪郭が
かすかに見えてくる

In the depth of shadow,
the contour of light
begins to appear.

内側でひとつ
古い命がほどけ
新しい息が生まれる

Within me,
an old life loosens,
and a new breath begins.

境界に立つとき
生と死も 光と影も
ただひとつの流れになる

Standing on the threshold,
life and death, light and shadow
become a single flowing current.

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