まだ夜とも朝ともつかない時間、空は、こちらの準備なんて待たずに、次の顔を見せ始めていた。
二つの時間、二つの光
南十字星のことを、もう一度きちんと書いておきたいと思った。
多分、それはまだ、この星との出会いが、私の中で終わっていないからだと思う。
星の話というより、時間の話であり、立ち位置の話であり、そして、自分の軸の話なのかもしれない。
追いかけて、やっと見えた南十字星
去年、南十字星を見たのは、南の島・パンガン島だった。
長男家族と次男と一緒の旅で、賑やかで、どこか夢の中みたいな時間。
「ここなら見えるかも〜」
まあ、そんな軽い一言だったと思う。
てか、今思えば完全に私のわがままだったかもしれない。
夜の道を走って、走って、とんでもない坂道を登らせ、大騒ぎになった笑
息子たち、特に運転してくれた長男には少し苦労をかけてしまった。
やっと辿り着いた場所で見上げた空。
雲もあったし、条件も完璧ではなくて、南十字星の姿は本当に、うっすらだった。
でもね。
あの「うっすら」が、すごく良かった。
見えたか見えないか、信じるか信じないか、そんな境界線みたいな光。
「あ、あれじゃない?」
「多分そうだと思う」
そんな会話を交わしながら、みんなで同じ方向を見ていた時間。
あれは星を見たというより「同じ方向を向いた」記憶だったのかもしれない。
期待していなかった朝の出来事
そして、今年。
2025年1月の終わり頃。
まだ未明の、薄明が始まる前の時間帯に、ランパーンの天空の寺院へ登ったときのこと。
その朝は、正直言うと、南十字星のことなんて全然考えていなかった。
いて座やさそり座が見えたら嬉しいな、まあそのくらいの気持ちだったと思う。
というか、その頃は、地平線ギリギリ近くに横にたなびく天の川が見え始める時期ではあったのだけど、三日月は天の川のど真ん中に鎮座しており、月明かりが思いのほか眩しかった。
天の川はそうそうに諦めて、まずは北の空にカメラを向けた。
すると、北斗七星のあたりに、すっと流れ星が落ちた。
しかも、それが仏塔の上空に北斗七星と共にちゃんと写っていた。
それだけで、もう「大収穫!」
多分その時点で、かなり満たされていたのだと思う。
南の空のことなんて、すっかり意識の外だった。
そして、夜が終わりかけて、朝が始まる直前。
空気が張りつめて、音が消えていくような時間帯。
——ここから、あの出来事が起こる。
ふと、振り向いた。
理由はよく覚えていない。
何かに呼ばれた、というほど大げさなものでもない。
でも、振り向いたその先に——
南十字星がいた。
揺るぎなく。
堂々と。
最初からそこにあった、みたいな顔で。
「え……?」
思わず、立ち止まった。
去年、あれほど探して、やっと出会った星。
今年は、探してもいないのに、まるで向こうから「ここだよ」と示されたみたいだった。
光の強さでは測れないもの
不思議だったのは、パンガン島で見た南十字星より、この朝の光のほうが、ずっと強く感じられたこと。
明るさの話じゃない。
写真映えの話でもない。
存在の重さ。
格、という言葉が近いかもしれない。
そこにある、という事実そのものが、何かを語っているようで。
私はしばらく、目を離せなかった。
離せなかったし、離したくなかったのかもね。
道を示す星、軸を映す星
南十字星は、昔の航海者たちにとって、自分の位置を知るための星だった。
北半球の北極星のように、南の海では、この星が道を示してきた。
迷ったとき、自分が今どこに立っているのか。
どの方向を向いているのか。
それを教えてくれる星。
そして十字という形は、多くの文化の中で、魂の帰る方向、あるいは中心を示す印として重ねられてきたらしい。
そう考えると、南十字星って、こちらが何かを願わなくても、気づけば内側の軸を調整してしまう星なのかもしれない。
無理に整えなくても、無理に決めなくても、「今ここだよ」と示すだけで、人を自然な位置に戻してしまう。
そんな星なのかなって、あの朝は思った。
内側で起きていた、小さな調整
あの見事な十字の形。
それは象徴というより、確認印みたいなものだった気がする。
外側の状況がどうであれ、心が揺れていようと、迷っていようと、内側の軸は、ちゃんと戻ろうとしている。
多分、あのときの私は、人生のどこかの分岐を越えて、次の場所へ移行する途中だったのだと思う。
それを、言葉ではなく、星の形で見せられた。
そんな感じだったかもね。
見ていたのは、どちらだったのか
夜明け直前の空気の中で、南十字星が持つ不思議な引力を、私は確かに感じていた。
魅了された。
それは間違いないと思う。
でも同時に、見つめられていたのは、こちらの方だったのかもしれない、そんな感覚も残っている。
星は何も言わない。
ただ、そこに在るだけ。
でも、その「在る」という在り方が、こちらの立ち位置を、言葉の手前で照らす。
南十字星は、今年もきっと、何も語らずに光っている。
私はもう、あの朝の光を、忘れないと思う。
南十字星に似合う音楽:John Metcalfe の Dusk
南十字星に、こんな音楽を添えてみた。
弦の余韻がゆっくりと空気にほどけていくような、黄昏と夜の境目をそのまま音にしたような曲だ。
光が消えていく瞬間の静けさと、これから夜が深まっていく気配が同時に漂い、一音一音が「間」を大切に響いてくる印象。聴いていると、外側の時間よりも内側の時間がゆっくり動き出すような感覚がある。南十字星のような、言葉を持たない引力ととてもよく響きあう一曲だなあって感じて選択した。
トップの写真について
仏塔の上に南十字星が輝いている。私は写真を撮った位置に立ち尽くし、ただその姿を見つめていた。そして南十字座の写真すぐ左には、太陽系から最も近い恒星系・アルファ・ケンタウリが寄り添うように輝いていている。空の上では南十字星と隣に見えるのに、実際には何百光年も離れた別々の宇宙にいるという事実!
途方もない距離なのに、それでもご近所さんなのだ。



