意識

天体と神話

影として生き続ける神 〜ラーフー猫と食の時間

影の神ラーフー。太陽と月を飲み込む存在は、光を奪うのではなく思い出させる装置なのかもしれない。食の時間は、外から内へと意識が反転する宇宙のひととき。
痛みと光の間

赤い口紅は小さな鎧

心が本当にボロボロだったとき、バンコクで真っ赤な口紅を買った。それは小さな鎧であり、「私はまたちゃんと立つよ」という静かな宣言だった。色ひとつで風向きが変わることが、人生にはある。
スピリチュアルな日常

辿り着いた私なりの真のスピリチュアル

「特別な何者か」になりたかった渇望の時代を終え、私は今、ごく普通に暮らしている。光のカラクリを知り、世界の理に目を見開きながら、淡々と自分の感覚を信じて生きる。その潔さこそが、私が辿り着いた「真のスピリチュアル」の形だった。
瞑想

星空のシャクティパット:無条件の恩寵を受け取るために

チェンマイの夜空に溢れ出す星々を前に立ち尽くすとき、私はある確信に辿り着きます。特別な儀式も高額な対価も必要としない、宇宙からの直接の「シャクティパット」。瞑想やマントラの伝統を尊重しつつ、日常の中に開かれている「無条件の恩寵」と、そこに至る脳の跳躍について綴った。
星空の思索

ブラフマ・ムフルタの風と、私のアスクレピオスの杖

天の川を求めて訪れた夜明けの貯水池。期待が「不発」に終わった闇の中で出会ったのは、医学の祖ケイローンと、私を導く「アスクレピオスの杖」。ブラフマ・ムフルタの静寂の中で、内なるオージャスが宇宙のソーマと共鳴した、深い瞑想の記録。
スピリチュアルな日常

冬至と御刻

冬至点は「御刻(みとき)」と呼ばれ、光が生まれ変わる特別な時間とされてきました。魔法の時間をどう迎えるか、場所や完璧さに縛られない冬至の向き合い方を綴ります。
スピリチュアルな日常

飢えた願いではなく、満ちていく願いを

「飢餓のように飢えた願いを広げてはいけない。」その一文に出会ったとき、知っていたはずのことが、思いがけず深いところで腑に落ちた。願いは「欲しさ」からではなく、いま在るものに気づいたところから、静かに広がっていくのかもしれない。
音楽と思索

境界に立つ: Where Light Touches Shadow

水のように掴めないのに、心に残り続ける音。Agnes Obel「Riverside」に感じた境界線の揺らぎと、再生の直前の静けさ。
星空の思索

北タイで出会った南十字星

北タイ、夜明け直前の空で出会った南十字星。探してもいなかったその朝、ふと振り向いた先に、揺るぎなく光る十字があった。航海者の道しるべとされてきた星が映し出したのは、外の方向ではなく、内側の軸だったのかもしれない。
星空の思索

冠の端を横切った光 ― 10秒という時間の層

南の空に沈みゆく南のかんむり座。その端を、10秒の露光のあいだに一筋の流れ星が横切った。偶然と意図、天と地が重なった、短くも濃密な夜の記録。