心の旅

成熟のレッスン

線を引くマインドを眺めてみる

気づくと私は、無意識に線を引いている。いい・悪い、近い・遠い。その線は、安心のためでもあり、同時に苦しさの始まりでもある。自分の反応を眺めながら、静かに考えてみた。
瞑想

クンダリーニと境界線:ナイロビでの私の黒歴史

22歳のナイロビで体験した、尾骨から背骨へ駆け上がる上昇の感覚。曼荼羅の幻視、恐怖、失神。2009年の瞑想で記憶が蘇り、2014年に書き直し、2026年のいま「クンダリーニ」と「境界線」という言葉であの夜を置き直す。体験を追わず、Beingに戻る——それもまた瞑想の本質だと思う。
暮らしの風景

Homkhao homnaa — 見過ごされてきた時間に出会うカフェ

インスタ映えのカフェが増えるチェンマイで、ひっそりと静かな時間を守っているメーリムのカフェ。田園風景を眺めながら過ごす、穏やかな午後。
旅と思索

針仕事をする女性 ― モン族の村で考えた「美しさ」

モン族の村で出会った、針仕事をするひとりの女性。その顔に刻まれた深いしわは、老いではなく、厳しくも誠実に生きてきた時間そのもののように見えた。美しさとは何かを、静かに問い直す旅の記録。
旅と思索

モン族の魔除け ― 見えない世界と生きる

山のモン族の村で見つけた、風に揺れる小さな魔除け。それがただの飾りではなく、人々がずっと守り続けてきた祈りの形なのだと、私はこの旅で心で感じることができた。
生と死

年月を経て読み直す『預言者』—— 死から生へひらかれる視線

2018年に書いた『預言者』の記事を、2025年の年末の今、あらためて読み返してみた。同じ言葉なのに、胸に届く意味はまるで違っている。死を見つめていた視線は、生きている私自身へと静かに反転していた。年月とともに息を変えるジブランの言葉と、いまの私の立ち位置について。
痛みと光の間

いま、つらさの中にいるあなたへ

痛みの中にいるときでも、心の奥には消えない静かな灯りが残っている。その光にふっと触れられたとき、私たちの歩みはもう始まっているのだと思う。
スピリチュアルな日常

冬至と御刻

冬至点は「御刻(みとき)」と呼ばれ、光が生まれ変わる特別な時間とされてきました。魔法の時間をどう迎えるか、場所や完璧さに縛られない冬至の向き合い方を綴ります。
痛みと光の間

揺れる心で友を思う

大切な人が病と向き合うとき、日常の風景は変わらないまま、心の奥だけが静かに揺れはじめる。尊重と不安、そのあいだで友を思い続けるということについて。
成熟のレッスン

宇宙から届いたメッセージ

ふと届いた言葉が、止まっていた時間を静かに動かしてくれることがあります。寂しさの奥にあった力、そして未来の選び直しについての気づきの記録です。