ブラフマ・ムフルタの風と、私のアスクレピオスの杖

心に宿る星
ブラフマ・ムフルタに出会うアスクレピオスの杖|アーユルヴェーダと星空の瞑想

朝、4時45分現地到着。車のエンジンを止め、ヘッドライトを落とした。 光が消え、視界が深い闇に包まれる……はずだった。

けれど、暗闇に目が慣れるのを待つまでもなく、フロントガラスの向こう側で待ち構えていたのは、あの南十字星の光だった。

今朝の目的は、今年最初の天の川に出会うこと。結果から言えば、天の川は不発に終わった。さそり座はアンタレスを中心に堂々と輝いていたけれど、天の川の銀河の核が現れる頃には既に薄明の時間に入り、空が太陽の光を受け入れ始めていた。

これまでの私なら、それを「期待外れの後に届いた南十字座のギフト」と呼んで自分を納得させていただろう。けれど、ここ何日かアーユルヴェーダの講義に関わっていた私は、意識が深くその学びに傾倒しており、つい、あらゆる現象を生命の深淵へと結びつけて捉えてしまう。

人々がまだ深い眠りの中にいる、ブラフマ・ムフルタ(ブラフマの時間・神聖な時間)1。 この時間がどれほど純粋で、内なる自己と繋がるために最適な時間であるか、数々の瞑想の講義でも語られてきた。 車だけではなく、私が自らの内なるヘッドライトを消した瞬間に流れ込んできたのは、ブラフマ・ムフルタがもたらすそのサトヴィック(静謐)2なエネルギーそのものだった。

そこで煌々と輝いていたのは、南十字座と、その隣で圧倒的な存在感を放つケンタウルス座のアルファ・ケンタウリ。 太陽系に最も近い恒星が放つその光は、まるで宇宙そのものが湛える強靭なオージャス(生命のネクター)3のように、私の魂の深部を照らし出した気がした。

そして、その傍らで地平線に踏みとどまる南十字座。 これまでは「聖なる十字」として仰ぎ見てきたその形が、ケンタウルスに視点が向いている今朝の私の目には、全く別の形に見えた。

それは、一匹の蛇が巻き付いた「アスクレピオスの杖4」。 医学と癒しを司る、あの聖なる杖だ。

ギリシャ神話では、医神アスクレピオスに医学を教えた師が、このケンタウルス座の賢者ケイローンだ。 医療としての古の叡智アーユルヴェーダの言葉を、コツコツと現代へと橋渡し(通訳)している今の私の目の前に、師匠(ケイローン)と、その象徴(杖)が並んで現れたこと。

それは単なる偶然や「でっち上げ」などではない。 天の川という華やかな光が今朝はあえて姿を隠していた。けれど、その眩い主役が不在だったからこそ、私の意識は、空の隅々に満ちていたもっと微細で、清らかな光の粒子を捉えることができたのだと思う。それはまるで、宇宙から静かに滴り落ちるソーマ5のようだった。

アスクレピオスの杖と認識した南十字星に手を伸ばす

瞑想の講義で、ソーマは外側に追い求めるものではなく、深い静寂の中で自らの内側から溢れ出してくるものだと教わった。暗闇の中でひとり、外側の星々と呼吸を合わせているうちに、私の内側でも同じ清らかな光が満ち始めていくのを感じていた。

カメラはインターバル撮影で放置し、私はひとり暗闇に座り、目を開けて宇宙を見つめながら瞑想した。その最中は、何かを考えたり分析したりすることなど一切ない。ただ夜の空気に溶け、星々の運行を眺めるというよりは「共に在る」だけだった。

けれど、こうして静かに振り返ってみたとき、ようやく腑に落ちることがある。瞑想という無心の時間の中で、私はただ、生命が宇宙の響きと一つになるのを許していた。後になってその豊かさに気づき、改めてそのギフトの大きさに驚かされている。

ふと気づきがこちらへ戻ってきたとき、頭上の濃紺は柔らかな紫色となっていて、空の端からゆっくりと、世界の塗り替えが始まっていた。それは、静寂の中に光が初めて一滴、落とされて、空気全体へと波紋のように広がっていくような瞬間だった。

その時、かすかな風が渡る。瞑想の師がかつて話してくれた、夜明けに地球を駆け巡り吹くヴァーユ(風)6。あらゆる命に『目覚めよ』と囁くその風が吹き抜けた瞬間、静まり返っていた森から、一斉に鳥たちの歓声が沸き起こる。それは、単なる鳴き声ではなく、生命が光を祝福する歓喜の歌であり、宇宙という壮大なオーケストラが放つ、今日という日の最初のファンファーレのように響き渡る。

星空という宇宙の静寂から、鳥たちの歓声という地上の生命の躍動へ。 ソーマに満たされたブラフマ・ムフルタの時間は、こうして鮮やかに、オージャス溢れる朝へと手渡されていった。

陽が完全に登ると、貯水池の水面からは神秘的な蒸気が立ち上がり、宇宙の呼吸のように揺らめていた。

私が私として、今アーユルヴェーダという生命の智慧の言葉を必死に通訳している今だからこそ、宇宙は私にしか見えない形で答えを返してくれたのだろうか。 地平線の向こうの空に横たわるのは、私のためのアスクレピオスの杖。 それは、どんな華やかな銀河よりも、今の私を深く整えてくれる光だった。

Stephan Micusの East of the Night

今朝の、あの紫色の空を思い出しながら聴くのは、Stephan Micusの『East of the Night』。
夜の東。光が生まれる直前の、あの濃密な知恵の時間。
尺八の深い吐息と多層的な10弦ギター。外側に広がる星々の静謐なエネルギーが、私自身の内なる輝きを呼び覚まし、心地よく響き合う。あの瞑想のひとときに感じた、命が宇宙に溶けゆくような余韻が、この音色の中にある気がする。

用語解説

  1. ブラフマ・ムフルタ (Brahma Muhurta) :夜明け前の約96分間を指す「神聖な時間」。宇宙のエネルギーが最も純粋(サトヴィック)で、内なる自己と静かに繋がるのに最適な時間とされている。 ↩︎
  2. サトヴィック(Sattvic):サンスクリット語の「サットヴァ(純質)」に由来する言葉。アーユルヴェーダでは心や物質の状態を三つの性質(グナ)で表すが、その中でも「純粋さ」「調和」「静謐」「知恵」に満ちた状態を指す。ブラフマ・ムフルタの時間帯は、このサットヴァな質が最も高まるため、心が澄み渡り、深い瞑想や自己との対話に最適であるとされている。 ↩︎
  3. オージャス (Ojas) 生命の輝き、あるいは活力の源。肉体的な健康だけでなく、精神的な充足感や内側から溢れるオーラのような輝きを指す。 ↩︎
  4. アスクレピオスの杖(Rod of Asclepius):医学・癒しの象徴。一本の杖に「一匹」の蛇が巻き付いた形。医神アスクレピオスの持ち物であり、医学の正当な紋章としてWHO(世界保健機関)などでも用いられている。 一方、よく似ているシンボルにカドゥケウス(ヘルメスの杖)があるが、こちらは伝令・商業・平和の象徴。翼のある杖に「二匹」の蛇が交差して巻き付いた形。ギリシャ神話の伝令神ヘルメスの持ち物であり、医学の象徴であるアスクレピオスの杖とは本来別の意味を持つ。アスクレピオスに医学を授けたのはケンタウルス族の賢者ケイローンであり、今朝の星空では、その「師」と「象徴(杖)」が並んで夜明けの地平線に現れていた。 ↩︎
  5. ソーマ (Soma):月や星々が湛える、冷たく滋養に満ちた「至福のエネルギー」。瞑想の静寂の中で溢れ出す、究極の癒しの雫とも言われる。 ↩︎
  6. ヴァーユ (Vāyu) :万物を動かし、命を吹き込む「風」のエネルギー。アーユルヴェーダでは、体内にあるナディ(エネルギーの通り道)を流れる風の原理とされ、呼吸、循環、神経伝達など、あらゆる生命の「動き」を司る支配的な力。夜明けに地球を駆け巡るヴァーユは、眠れる生命を呼び覚ます聖なる合図であり、宇宙のプラーナ(生命エネルギー)を運ぶ目に見えない運び手でもある」。 ↩︎

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