
夕暮れの残光が空に残るころ、西の低い位置に、かすかなレモン彗星をカメラに捉えた。(へたくそな写真でよくわからないと思うけど、写真の右上です笑)
目を凝らしても肉眼ではほぼ確認できない淡い光。
去年の紫金山アトラス彗星のような華やかさはないけど1400年という膨大な年周期で地球に姿を見せ遥かな時空の旅路が刻まれている。
地球の周囲には、話題にもならないほど小さな彗星がいつも訪れては、気づかれないまま通り過ぎていってるらしい。私たちが見落としているだけで、地球周辺は無数の通りすがりの旅人彗星たちの往来に満ちているというわけだ。
彗星って小さな氷と塵のかたまりで、その中にアミノ酸の前駆体や有機物が含まれていることがあるんだって。NASA の探査機が彗星から採取した粒子に、生命の材料になりうる分子が見つかったりして、宇宙のどこかで生まれた成分がこうして地球の近くをかすめていくことはよくあることらしいよ。
そんな淡い彗星を見上げただけで無性にワクワクする。
宇宙生命論には、「生命は宇宙のどこにでも芽生え、互いに響きあいながら広がっていく」という考え方があるよね。もしそれが真実なら、小さな彗星の光に心が引き寄せられるのは、私たち自身のどこかに同じ宇宙の記憶が流れているからかもしれないと感じる。
太陽系が生まれた頃、銀河のあちこちで作られた有機物や塵が少しずつ集まり、やがて彗星という小さな器へと姿を変えた。その内部には、宇宙の初期に生まれた成分が混ざり込んでいて、今もなお、太陽の周りを巡っている。
そう想像すると、レモン彗星の淡い輝きが、どこか懐かしいものに触れたように感じられるわけよ。たとえばずっと昔に別れた友人が、ふと姿を見せたような不思議な感覚に近い感じ?
小さな彗星が投げかける問いかけは
「地球の生命の源は、どこからやって来たと思う?」
私はその答えはさっぱりわからないけど。
宇宙空間の旅を続ける淡い光を静かに感じていると、徐々に心の中の宇宙地図が広がっていく気がする。
レモン彗星の、かすかながら確かな光は、宇宙から運ばれてきた『はじまりの記憶』の一片なのかもしれないってね。
Max Richter の Illumination / Clouds
光と影のあいだをたゆたうように進む、静かな呼吸のような曲。
控えめな旋律がかすかな揺れをまといながら重なり、雲が光を受けて形を変えるときのような柔らかな陰影をつくり出している。
この音楽は、強く主張しない微かな存在に耳を澄ませるためのもの。
レモン彗星の淡い光と重ねると、遠くから届いた小さな輝きが、ゆっくり心の奥を照らしていく感覚が生まれる。
静かに世界を明るくする光と、静かに広がる音。
そのふたつが触れ合ったとき、人はほんの一瞬だけ、宇宙の呼吸に触れる。



