陽が落ち、夜が訪れるその刹那
闇の中に広がる最後の色彩の余韻
――その瞬間に、私は奇跡を感じるのです。
At the moment when the sun has set and night descends,
the final lingering hues spread across the darkness
—I feel a sense of wonder, as if witnessing a miracle.
しつこいようだが、連日チェンマイのお山へ星を見に行っている。 せっかくの機会なので、一昨日の話題に続くような「星にまつわるお話」を今日も少しだけ。
降り注ぐ宇宙の記憶
みなさんは、毎年4万トン以上の「宇宙塵(うちゅうじん)」が地球に降り注いでいるのをご存知? それらは私たちの体内にも取り込まれていく。例えば、私たちが口にする「塩」も、かつて爆発した星の内部で生まれたものなのだそうだ。
木々や植物が酸素を送り出して生命を支えるように、星もまた、その一生の中で炭素や酸素といった元素を生み出している。こうした元素はビッグバンの直後には存在せず、星々が爆発し、その命を終えることで初めてこの宇宙に放たれた。
私たちが今こうして存在できるのは、数えきれない星々がその命を終えて、バトンを繋いでくれたからなのだ。
宇宙とのつながりを感じる動画
このお話に関連して、以前、天体物理学者のニール・ドグラース・タイソン(Neil deGrasse Tyson)氏の言葉に字幕をつけてリール動画にしたことがある。ぜひこちらも併せてご覧いただければと思う。
「恐ろしさ」の先にある安らぎ
私たちは「自分(自我)」というフィルターを通して世界を見るとき、時として存在の本質を「恐ろしいもの」と感じることがある。
それは、避けられない現実に向き合う怖さかもしれない。 「人間の影」である闇や嘘、嫌悪、暴力。 さらには、人生の無意味さ、本質的な孤独、そしてすべてが移ろい消えていく無常と死。
自我はこの儚さから逃れようと葛藤するのだが、ふと星空を見上げたとき、広大な宇宙に包まれる感覚が訪れる。 「自分もまた、星々とともに繋がっている」 「命を終えた星が繋いできた循環の中に、自分も存在している」
そう気づく瞬間、悩みや不安、孤独感は宇宙の中心ではないことを悟る。小さな自己から解放され、宇宙の広がりの中に心地よい一体感を感じるのだ。
星空を見上げるという瞑想
かつての私は、この真実に気づいていなかった。星が私たちの源であることも知らずに。 でも宇宙は、常にここにあり、私たちをずっと包み込み続けてくれていたのだ。
私は今、星空を見上げることに救われている。 それは、私にとってとても贅沢な「瞑想」の時間でもある。
もしよければ、みなさんも星の下で静かに座ってみてほしい。
紫金山・アトラス彗星との別れ
今回のトップの写真は、2024年10月29日にチェンマイのサモーンで撮影したもの。 話題になっていた紫金山・アトラス彗星(C/2023 A3)は、わかるだろうか?すっかり薄く、小さくなってしまった。
では、また宇宙のどこかで、あるいは8万年後の地球で再会しよう。
音楽:フローレンス・プライスの「夜」
フローレンス・プライスの「夜」を添えてみた。歌曲だが、トリオ版で。
フローレンス・プライスは、20世紀初頭のアメリカで、黒人女性作曲家として初めて交響曲が主要オーケストラで演奏されたという歴史的な人物。今回選んだのは、もともと歌曲として書かれたものをピアノ三重奏(トリオ)に編曲したバージョン。
この曲の調べは、ただ暗いだけではなく、どこか凛とした強さと、すべてを包み込むような優しさに満ちている。
まさに「闇や孤独を恐れるのではなく、それもまた宇宙の一部として受け入れる」という今回のテーマに、寄り添ってくれるような旋律だと感じている。
星空を眺めながら、この「Night」のメロディに身を委ねていると、自分の輪郭が夜の闇に溶け出し、宇宙の循環の一部に戻っていくような不思議な感覚に。



