チェンマイ

星空の思索

カノープスの夜 — 星々の深い呼吸にふれて

主張の強い冬空のなかで、いちばん静かに輝いていた星がありました。地平線すれすれに佇む、南の賢者。カノープスに、ようやく出会えた夜。
痛みと光の間

サティシュ・クマールの森〜「恐れ」という幻想を歩く

2016年のチェンマイ。サティシュ・クマール氏が語った「恐れは幻想」という言葉。娘の不調や社会への不安に揺れていたあの日から9年、ようやく腑に落ちた「内なる平和」の真意を綴る。
痛みと光の間

焚き火の夜:内側の世界が外側を創る

子どもたちの世代の若い友人たちと過ごした、焚き火のあたたかな夜。「内側の世界が外側を創る」という言葉の余韻を抱えたまま帰宅すると、思いがけず訃報が届いた。光と影が隣り合う、その夜に感じたこと。
記憶の風景

人生の後半に残る友情と夫の思い出

夫が他界してからも、変わらず声をかけ続けてくれたご近所の夫婦。家族でもなく、長い歴史を共にした友人でもない。それでも残ってくれた縁の温度を、メーリムの夜風の中で静かに受けとめた一夜の記録。
暮らしの風景

บ้านงามแสงเดือน 〜月の光のように、気づくとそこにあったカフェ

メーリムに住んでいたころには、すでにそこにあったらしい。月の光のように、必要なときにだけ姿を見せるบ้านงามแสงเดือนとの、少し不思議な出会い。
旅と思索

窓の向こうには、肝臓で読む叡智という別世界があった

リス族の村のお葬式で供された黒豚。その命が、死者を送るだけでなく、村の行方や精霊の意志を読む媒介でもあったと知ったとき、私は「見えない世界への窓」を実感した。
旅と思索

精霊の休憩所 〜 リス族の村で見えた、境界の話

リス族の村で道路脇に置かれた古いベンチに、旅人の私たちは何気なく腰を下ろした。けれどそこは「精霊の休憩所」だった。知らずに越えてしまった境界が、旅の記憶を別の層へと開いていった。
旅と思索

インディ・ジョーンズと私の山道ドライブ

急勾配の山道は、ひとりでは絶対に無理だと思っていた。でも友人たちと笑い、インディ・ジョーンズを大合唱しながら進んだら、怖かった坂はいつの間にか越えていた。動いたのは車だけじゃなく、私の内側の地図だった。
旅と思索

命を食べるという現実について

チェンダオ〜ウィエンヘーンの旅で胸に深く刻まれたのは、リス族の村のお葬式で供された黒豚の光景。命の痛みと、祈りと、そして「いただく」という行為の重さを、あらためて突きつけられた。
旅と思索

星が見えなかった夜、火が語っていたこと

星が美しいことで知られるチェンダオ北ウィエンヘーンの山へ。乾季にもかかわらず雨に見舞われ、星は見えなかった。それでも焚き火を囲み、香りと揺らめきに包まれた夜は、人の記憶に残る原初的な癒しを思い出させてくれた。